尖閣諸島の購入について [世の中]
石原慎太郎都知事が尖閣諸島を「東京都が買い取る」と発言したのはちょうど1ヶ月前のことですが、それから1ヶ月間、各方面から寄せられた寄付金がなんと7億円近くなったそうです。
確か10億円とか15億円とかの額で地権者と合意したという報道がありました。当然ながら、
──都民の税金をそんなことに使うのはけしからん。
という反対意見が叫ばれましたが、この調子で寄付金が集まると、都民の税金に頼らずして、寄付金だけで島々が買い取れてしまえそうな勢いです。
私はまだ寄付はしていませんが、一昨年の中国漁船衝突事件とその顛末について憤りを感じていたことについては人後に落ちません。だから東京都が買い取ることには大賛成でした。
──そういうことは国がやるべきことだ。
だから自治体などはひっこんでいろ、という反対論も案の定出てきましたし、前原政調会長などはあわてたように「(都が購入するのは)筋違いだ」などというコメントを出していましたが、国がちっとも頼りにならないからこそこういう動きになったわけです。埼玉県在住の地権者も、国に売却することに不安を覚えたから都との話を進めたのに違いありません。衝突事件の時に、北京の脅しに屈してあっさりと中国漁船の船長を釈放してしまい、証拠ビデオの公表もやろうとせず、あまつさえ責任を地方の検察局にかぶせようとしたような現民主党政権のていたらくでは、中国が本気で威圧してきたら、所有権などノシをつけた形で簡単に放棄してしまうのではないか……という危惧を感じているのは、おそらくこの件に関心のある国民のほとんどすべてではないでしょうか。
「ラ・ボエーム」オーケストラリハーサル始まる [日録]
今週からは「ラ・ボエーム」のオーケストラリハーサルが始まったので、外に出ることが多くなります。それに加えて、指導しているコーロステラの演奏会が近く(6月24日)、いつもはローテーションで松永知子さんとかわるがわるやっているのが、今週からは毎回両方の指導者が行くということになりました。
今日はその両方が重なってしまいました。重なってしまったのは今日だけで、来週以降はそんなことも無いのですが、ずっと家にこもっていたような状態からいきなりダブルヘッダーだったので、今日はだいぶくたびれました。
はるけきマヤ文明 [いろいろ]
マヤ文明のカレンダーというと、今年2012年で世界が終末を迎えるという論を耳にしたことのある人も多いのではないでしょうか。今まで見つかっていた暦は樹皮紙に書かれたもので、13~14世紀の遺品でしたが、そこに書かれたサイクルを元に計算してみると、2012年の12月で世界が終わると解釈できなくもなかったとのことです。
この手の終末論というのは、周期的に盛り上がるようです。ノストラダムスの予言による1999年終末説が有名でしたが、その前にもファーティマ第三の予言による1983年終末説というのもありました。1983年というと私が高校を卒業した年ですが、このファーティマ説で騒いでいた友人に、
「どうも世界は終わりそうもないねえ」
と言ったところ、
「いや、今年から終末に向かうということなんだ」
と言い張っていました。向かうと言っても時間というのは一方向ですから、ある時点から急に終末に向かうというのも変な話で、向かっているのならずっと前からそうでしょう。
パート譜に四苦八苦 [お仕事]
昨日の晩にようやく「ラ・ボエーム」の作業が終わってホッとしています。
編曲の入力が先月末(正確には今月に入ったばかり)に終了したという話は書きましたが、その後、1日は昼からずっと仕事で外出していて譜面を書いている時間は無く、2日と3日は奥栃木へ旅行してきて、4日はいろいろ用事を済ませてから、夕方近くなってやっとパート譜の作成を始めました。今までの経験から、おそらくパート譜作成には丸一日くらいを費すことになるだろうと予想しており、5日も教室の仕事があったことで、たぶん5日の深夜くらいまでに終わるのではないかと考えました。また実際、15日からリハーサルが始まるので、印刷や郵送にかかる手間暇を勘案すれば、遅くとも連休明けには仕上げなければなりません。
それが、結局7日の晩までかかってしまったわけです。確かに「連休明け」というのは、6日が日曜日である今年の場合、7日と考えても良いわけですが、「連休明けに渡す」と言えば普通は「連休中に作業を上げておく」と受け取られるような気がします。だからちょっと締め切りを破ってしまったのに似ています。
奥栃木雨中行(2) [旅日記]
3日の朝も雨が続きました。というより前日よりも強く降っているようです。
部屋のテレビをつけると、あちこちで大雨の被害が出ているというニュースをやっていました。関東地方がようやく峠を越し、これから東北に大雨が移ってくるような印象でしたが、私たちは栃木県北東部という、関東と東北の境界近くに居るわけで、雨はむしろひどくなるかもしれません。
宿の屋上には展望露天風呂があるのですが、屋根がまったくついていないので、今回はほとんど楽しめませんでした。夜にちょっとだけ上がってみましたが、降りしきる雨滴に閉口して早々と退散してしまったのでした。朝はもう行く気にもなれないくらいの降りかたです。
朝食をはさんで、2度ほど1階の内風呂を浴び、10時過ぎにチェックアウトしました。
温泉というのはひと晩入っただけだと、からだの悪いところが出てくるばかりで、それを治すには少なくとも3日くらいは滞在しなければならないらしいのですが、なかなかそれだけの時間はとれません。前日は結局10キロ以上歩いた計算になるので、多少足に筋肉痛が出たのはまあ良いとして、左右の肘がいやに痛いことに気づきました。中身を少々入れすぎた重いビジネスバッグをずっと持ってきたせいでしょう。やはりリュックザックのほうが良かったと思います。
2日の夕方、宿に向かう時は、いわむらかずお絵本の丘美術館のある北側から入ったのでなだらかな道でしたが、南側に出ようとしたら、おそろしく勾配があって、しかも曲がりくねった道であったので驚きました。こちら側を登ってくるのであればずいぶんうんざりすることでしょう。美術館と同様、この宿もクルマで来るのが常識的な唯一の方法かもしれません。チェックインの時、宿帳に
「おクルマのナンバーをお書き下さい」
と言われ、空欄にして返すと重ねて訊ねられました。
「いや、クルマじゃないんで」
「それじゃあタクシーでいらっしゃいましたか?」
「歩いて来ました」
と答えると、びっくりしたような顔をされたものです。
奥栃木雨中行(1) [旅日記]
列島の太平洋岸が記録的な豪雨となったこの2日と3日、わざわざ出かけるというのも、なんとも酔狂な話ですが、前からの予定だったので仕方がありません。連休の他の日はすでに予定が詰まっていて、この日程でしか組めなかったのでした。
今回は栃木県のかなり奥まった地域へ行ってきたのですが、ことの起こりはマダムが「蜂巣」という名前の土地を訪ねたいと言い出したことにありました。マダムの旧姓が蜂巣というのですが、これは私の苗字と同様、そう普通にある姓ではありません。そのせいか、それと同じ地名があると知って、ぜひ行ってみたいと思ったようです。
なぜそんな地名のことを知ったかというと、福島の原発事故に関連したニュースの中で、「大田原市立蜂巣小学校」のPTAの人たちがセシウム値を測定した、という報道があったのをテレビで偶然見ていたらしいのです。「大田原市」というところまでわかっていたので、調べるのは簡単でした。なるほど、そういう地名が存在するようです。大田原市は栃木県の北東部に位置する市ですが、近年の合併で、黒羽(くろばね)町および湯津上(ゆづがみ)村といっしょになり、かなり大きな市域を持つようになりました。「蜂巣」というのは、旧黒羽町の中心部に比較的近い大字の名前だったのでした。
あまり数の多くない人名と地名が一致する場合、なんらかのゆかりがあることが多いのですが、マダムが義父に訊いてみたところ、この苗字には群馬県系と栃木県系があって、関係はあまり無いとのことでした。マダムの家系は群馬県系ですので、大田原市にある蜂巣とは特にゆかりはなさそうです。
それでも、自分の旧姓と同じ名前の土地に行ってみたいという希望を言ったので、連休中の旅行として目的地にしてみようと私は提案したのでした。
「ラ・ボエーム」編曲終わる [お仕事]
もちろん、スコアができたというだけで、これから怒濤のパート譜作りが待っています。ファイルの作成自体はワンタッチでできるものの、譜割りの細かい調整などがどうしても必要になりますので、3幕分やるのにやはり丸一日を見たほうが良さそうです。あいにくと、今日は他の用事が忙しくてそれどころではなく、明日明後日と出かけてくる予定なので、パート譜作りは4日あたりになりそうです。リハーサルが15日から始まるので、印刷・製本・発送などに要する時間(幸いこの作業は私の担当ではありませんが)を考えると、ぎりぎり連休明けにはデータを送っておかなければならず、その意味ではほとんど綱渡りのようなスケジュールでした。
できてみるとスコアは370ページくらいになり、小節数は合計2500近くになったわけです。前回も書きましたが、プッチーニの譜面はおそろしく情報量過多で、なんにもついていないシンプルな音符などほとんど無いと言っても良いほどに、アーティキュレーション、アゴーギグ、ダイナミクスなどが細かく書き込まれています(←これらのカタカナの意味がわからない人は読み飛ばして下さい)。今まで編曲したオペラで言うと、モーツァルトはもちろん、少し後輩にあたるレハールでさえここまでの書き込みは無かったと思います(もっとも、「メリー・ウィドウ」のオーケストラスコアはレハールの書いたそのままではありませんが)。
今回のスコア作成には明らかに不要な情報、例えば歌手の動作を表すト書きみたいなものは全部カットしましたが、それでも小節数以上の面倒くささがあったと言えます。
オペラの編曲、流行歌の編曲 [お仕事]
板橋区演奏家協会恒例のオペラ公演が、今年は「ラ・ボエーム」となり、その編曲がまず厖大です。全4幕中、第二幕だけ他の人に任せていますが、残りの3幕を私がやることになっていて、先ほど第三幕の入力が終わってようやくひと息ついているところです。
ただし、音符の入力が終わっただけで、譜面として調えるためのレイアウトなどはこれからです。これがけっこう時間を要するのでした。
また、パート譜作成にも手間がかかります。これは他の幕も合わせて、丸一日それに充てないと無理でしょう。
あと第四幕が手つかずで残っているわけですが、それでも先が見えてきた観があります。このオペラは第一幕・第二幕に較べると、第三幕・第四幕は妙に短い構成になっており、三・四幕を合わせて第一幕と同じくらい……とまでは言わないまでも、それに近い分量比です。第一幕はまったく長くて、書いても書いても終わらないような気がしました。
病院ボランティアコンサート [日録]
中野富士見町の佼正病院でボランティアコンサートを始めて10年くらいになります。合唱団員の中にこの病院で栄養士をしている人が居り、その仲介で開催することになりました。午後の45分ほど、病院の受付ロビーを使ってミニコンサートをおこないます。
例年はたいてい年末にやっています。当然クリスマスソングなどが多くなりますが、佼正病院はその名の通り立正佼正会が経営している病院であり、立正佼正会といえば日蓮宗です。あまりキリスト教の歌ばかり歌うのもいかがなものでしょうか。
最初にやった時が12月8日でした。この日は真珠湾攻撃ばかり有名になりましたが、実は仏教で言う成道会(じょうどうえ)です。道を成す、つまりお釈迦様が悟りを開いたのがこの日とされています。その意味では4月8日の花祭り、すなわち誕生会(たんじょうえ)と同様かそれ以上に重要な斎日と言えます。
そこで、仏教の歌も入れることにしました。たまたま私もいくつかの仏教歌を合唱用にアレンジしたことがあったので、その中から1曲、「いのち」という歌を選んで歌いました。ただし私の編曲した仏教歌は浄土真宗のもので、日蓮宗とは仲が悪いはずで、はたして妥当かどうか心配でしたが、まあ仏様は小さな宗派の違いなどにはこだわりますまい。その後は必ずしも成道会の日ではありませんでしたが、「いのち」はほぼ定番の曲目となっていました。
ムーミン谷から [いろいろ]
キャラクターにもその時々の流行りがあるようで、ある年はリサとガスパールをやたらと見たり、別の年にはミッフィーがしょっちゅう登場していたりと、そういうトレンドを調べてみるとなかなか面白いかもしれません。
最近はムーミンがリバイバルしているようです。ケンタッキーフライドチキンでムーミングッズをオマケにつけているのを見ました。現在CATVのカートゥーンネットワークで再放送しており、マダムが熱心に毎日見ています。
ムーミンは私も幼いみぎりに見ていましたが、ただ現在再放送中なのは私が見ていた69年ヴァージョンではありません。90年代に「楽しいムーミン一家」というタイトルで放映していたシリーズです。私の知っているムーミンは、CV(キャラクターヴォイス、つまり声の出演)が岸田今日子で、オープニングと言えば
♪ねえムーミン、こっち向いて……♪
という歌でした。90年代ヴァージョンのほうは、ムーミンのCVは高山みなみとなっています。今となっては名探偵コナンの声に聞こえてしまって仕方がないですね。






